保険鍼灸マッサージの独自性について
まず、健康保険を利用して「治療」として行うマッサージですので、「慰安」のためのマッサージとは目的が異なります。
ですので、治療行為としてのマッサージ・ストレッチに随伴して、あるいは結果として「心地が良い」というのは当然望ましいことですが、単に「心地が良い」から満足していただいている、というのは正しい在り方ではありません。(*)
しかし、内容においては、医療保険で行うといっても基本となる手技は一緒ですから、通常のマッサージやストレッチと全く異質というものではありません。
つまり、硬い筋肉は柔らかくして血流改善を目指し、短縮した筋肉はもとの長さに戻すことを目指します。
血液をたくさん含んだ柔らかい筋肉はエネルギー(ATPやその元となるグリコーゲン)をたくさん蓄えているわけですからしっかり力を発揮することができます。
また、 筋肉というのは“縮む”ことによって仕事をします(もっと言うと筋肉は“縮む”ことしかできません)。 短縮した筋肉は縮み幅が少なくなってしまっているわけですからしっかり働くことができないのです。
“血行を良く”して“正常な長さに戻す”という目的においては両者は同じです。
ただしこの目的を実現するにあたり、医療保険による訪問治療の分野特有の、専門的な知識や配慮が必要になります。
というのも、
多くの方が主となる疾病の他に何らかの基礎疾患や合併症(心疾患、高血圧、高血糖、高脂血症、・・・など)をお持ちです。
ご高齢であれば骨は弱くなっていますし、各関節に変形は当然あります。栄養状態も良くない場合は血管や皮膚も弱くなっているでしょう。
私も往診治療を始めた当初、驚いてしまったのですが、患者様の中にはうつ伏せになる事ができない、あるいは圧迫骨折などの後遺症で仰向けになれない、あるいは横向きにもなれない方もいます。
股関節や膝に人工関節が入っている方、背骨が金具で固定されている方もいらっしゃいます。
どれも健常者には全く想像がつかない状態です。
通常の治療院では(自分で歩いて来ることができる方がいらっしゃるわけですから当然ですが)ここまでの重症患者を多く診ることはあまりありませんが在宅治療においてはそう特別なことではないのです。
よってこれらに対し、特別な注意が必要になります。
例としていくつか挙げますと・・・
人工関節の場合動かす方向を誤れば脱臼事故の可能性、あるいは無理な動きを強いれば人工関節の寿命を縮めてしまうことにもなりかねません。
筋肉が緊張して動きが悪くなるという症状にしても、パーキンソン病で体が硬くなるのは医学的には固縮(錐体外路の障害)、 脳卒中後遺症で起こるものは痙性(錐体路の障害)といい全くメカニズムが違います。これが実際にどう治療のやり方にかかわってくるかといいますと、 両者の違いは速度に依存した反応の違いとして現れるので、ストレッチやマッサージをする際に、動かすスピードに注意して施術すべき場合が出てきます。
また、リハビリにおいても、施術者が立つ位置が正しく理解していなければ転倒させてしまう危険も出てきてしまいます。
訓練中、麻痺側の筋肉の緊張がが強く出てくれば“あ、この患者様にとっては無理な動きを強いてしまっているな”と判断して、もう少し簡単な動きからやり直したり・・・などなどです。
認知症が進行している場合は、加齢や障害による刺激に対する敏感さとは別に、刺激の強さに対するもう一段特別な配慮が必要になることがあります。